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大分地方裁判所 昭和63年(ワ)693号 判決 1997年2月24日

原告

甲野花子

甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士

小林達也

鈴木宗嚴

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右訴訟代理人弁護士

中野昌治

右指定代理人

大嶺忠敏

外八名

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和六二年一〇月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告ら)

主文同旨及び仮執行宣言

(被告)

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  主張

[請求原因]

一  当事者

訴外亡甲野A(以下「亡A」という。)は、本件医療事故によって死亡したものであり、原告らは、亡Aの両親である。

被告は、国立別府病院(以下「被告病院」という。)を設置・管理している者であり、同病院に勤務する医師である訴外森田隆の使用者である。

二  本件医療事故の発生

1 原告花子(以下単に「花子」という。)は、第一子を懐胎し、被告病院産婦人科(以下被告病院の診療科については科名のみを表示する。)を受診していたが、昭和五八年八月一三日、妊娠三八週で、てんかんの発作が認められ、これが増悪したことから、分娩誘導が施されたものの、分娩が進行せず、前期破水や羊水感染が生じたことを考慮して、同科において、帝王切開により第一子を出産した。

2 花子は、昭和六二年一月下旬ころ、神経内科を受診した際に妊娠が判明し、同年二月一三日、産婦人科を受診したところ、妊娠六週五日と診断され、以降、出産に至るまで同科において、診察を受けていたが、陣痛の発来のないまま出産予定日が経過したため、同年一〇月六日、被告病院に入院した。

その際、花子は、被告との間で、被告病院の医師らが当時の医療水準に則した注意義務をもって、花子の分娩の管理・遂行にあたることを内容とする診療契約を締結した。

しかるに、花子は、同月一三日午前六時ころから、下腹部が痛み始め、夕方からこれが激痛となり、翌一四日午後八時ころ、前回の帝王切開の切開創から子宮が破裂したため(瘢痕子宮破裂)、午後八時三〇分、帝王切開にて、亡Aを出産したが、その直後にAは死亡した。

三  被告の責任

森田は、以下のとおり、医師として負うべき注意義務に違反し、花子を子宮破裂に至らせたものであるから、その使用者である被告は、主位的に不法行為による(民法七一五条、七〇九条)、予備的に診療契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、これにより生じた損害について、賠償する義務がある。

1 前回帝王切開妊婦に対する分娩方法の選択の誤り

前回帝王切開を受けた妊婦の場合、その帝王切開術創に沿って瘢痕子宮破裂が生じる危険があるため、次回分娩を担当する医師は、前回に帝王切開術を施行した理由を考慮し、かつ、帝王切開創の癒合状態を十分に検査したうえで、反復して帝王切開を行うべきか、経膣分娩を試みるかを慎重に選択すべき注意義務を負っている。

しかるに、森田は、右注意義務に違反し、前回帝王切開部位の瘢痕がよく癒合していると軽信し、漫然と経膣分娩を選択した結果、本件医療事故を惹起させた。

2 分娩方法選択にあたっての説明義務

前回帝王切開妊婦の分娩方法の選択を行うにあたっては、経膣分娩と反復帝王切開との利害得失を、本人及びその家族に対して十分説明し、分娩方法について同意を得なければならず、特に、経膣分娩によった場合は、子宮破裂の危険性がより高度に伴うことを妊婦に説明し、理解を求めた上で、妊婦がなお経膣分娩を強く望んだ場合に限り、ダブルセットアップによる経膣分娩の方法を選択すべき義務があるのに、森田はこれを怠り、花子に対し、分娩方法についての説明をすることなく、一方的に経膣分娩を実施し、本件医療事故を発生させたものであり、もし、経膣分娩を実施する場合の危険性についての説明を受けていれば、花子は、帝王切開による分娩を希望したから、右事故は防止できたというべきである。

3 陣痛促進剤投与回避義務違反

前回帝王切開妊婦に対しては、陣痛促進剤を使用すべきでないのに、森田はこれを使用したため、本件医療事故を惹起させた。

仮に、前回帝王切開妊婦に対し、陣痛促進剤の投与による分娩誘導を行うことが許されるとしても、それは、本人やその家族が同意しており、厳重な分娩監視が可能な人的物的設備が整備され、かつ、分娩誘導の適応が存し、妊婦に分娩準備状態が整っている場合に限定されるのに、森田は、花子の同意を得ず、分娩誘導の適応の有無を考慮しないで、漫然と、陣痛促進剤であるオキシトシン(商品名はアトニンO)を使用し、本件医療事故を発生させた。

4 陣痛促進剤投与後の監視義務違反

子宮収縮剤の投与後に過強陣痛が認められたような場合には、直ちにその投与を中止し、妊婦の状態に則した措置を講ずべき注意義務があるのに、森田は、これを怠り、花子に過強陣痛が生じたことを看過し、漫然と陣痛促進剤であるオキシトシンの投与を長時間継続した結果、同人に過強陣痛を発生させ、子宮破裂に至らせた。

5 帝王切開手術移行義務違反

前回帝王切開妊婦に対し、陣痛促進剤を用いて経膣分娩を実施した場合においては、子宮破裂の危険がより高まることから、その徴候が現われたようなときには、直ちに帝王切開手術に移行してこれを防止すべき注意義務があるのに、森田は、これを怠り、花子が下腹部に持続性のある痛みを訴えているにもかかわらず、子宮破裂の兆候ではないと判断し、帝王切開を行う時機を失し、花子を子宮破裂に至らせた。

四  損害

1 慰藉料 二〇〇〇万円

原告らは、花子が第一子の出産の際に受けた苦痛を考慮し、今回はいつでも帝王切開を受けることが出来るように万全の準備をしていたにもかかわらず、花子において、長時間の激痛に苦しみ続けたうえ、子宮破裂を生じ、Aと命名して待ち望んでいた児を失ったのであり、担当の森田や助産婦らに対する怒りも大きい(亡Aが死産であったとしても、原告らの苦痛は同様に甚大である。)。

原告らの右精神的苦痛に対する慰藉料は二〇〇〇万円(各一〇〇〇万円)が相当である。

2 逸失利益 一八〇〇万円

亡Aは、出産後死亡したものであり、零歳児としての逸失利益が存在する。

昭和六一年賃金センサス女子労働者の平均年収は、二三八万五五〇〇円であるから、亡Aの労働能力喪失率一〇〇パーセントとして、中間利息をライプニッツ係数で控除して一万円未満を切り捨てると、逸失利益は、一八〇〇万円となる。

原告らは、右損害賠償請求権の二分の一ずつを相続した。

3 弁護士費用 二〇〇万円

原告らは、原告ら代理人との間で、本件弁護士費用として認容額の一〇パーセントを支払う旨約束しているので、二〇〇万円(各一〇〇万円)を、本件医療事故と相当因果関係のある損害として請求する。

五  よって、原告らは、それぞれ被告に対し、右慰藉料と逸失利益との内金一〇〇〇万円及び弁護士費用一〇〇万円の合計金一一〇〇万円並びに弁護士費用を除く内金一〇〇〇万円に対する本件医療事故発生の日である昭和六二年一〇月一四日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

[請求原因に対する認否及び主張]

一  請求原因一の事実は認める(ただし亡Aは死産であった。)。

同二の事実のうち、昭和六二年一〇月一三日午前六時ころから花子の下腹部が痛み始めたこと及び亡Aが出産後死亡したとの点は否認し、その余は認める。

同三及び四の事実は争う。

二  本件において、森田には、診療契約上及び不法行為上の注意義務違反はない。

森田は、花子の前回帝王切開創が癒合していることを確認したことから、今回は経膣分娩の方法を選択したのであるが、分娩が進行しなかったため、オキシトシンを用いたものの、投与の途中に過強陣痛などの子宮破裂を予測させる兆候もなかったのである。

本件のような無警告性瘢痕子宮破裂を予測することは、現代の医学水準では不可能であり、しかも、本件の子宮破裂の原因は解明することができないのである。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一の事実については、亡Aが死産であったか否かの点を除き、当事者間に争いがない。

そこで、本件において、森田に診療契約上、又は不法行為上の注意義務違反があったかどうかについて判断する。

二  花子に対する診療経過等

乙一ないし四、一六ないし一九、証人森田隆(第一、二回)、同篠原和英、同宮野康子、同河野悦子の各証言及び原告花子本人尋問の結果(いずれも一部)、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  第一子の出産

(一)  花子は、昭和五八年二月一日、産婦人科を受診し、妊娠三か月、分娩予定日は同年八月二三日と診断された。なお、花子には、小児期からのてんかんの発作があり、同年四月九日から、右産婦人科の受診と併行して神経内科を受診していた。

(二)  その後、花子は、妊娠三八週目から、てんかん発作が頻発し、妊娠高血圧症を併発したため、同年八月九日、産婦人科に入院した。花子は、同月一二日、神経内科を受診したところ、全身痙攣が頻発することにより発生する低酸素血症が胎児に脳障害を与える可能性があり、早期に分娩させる必要があると診断されたことから、同日、産婦人科において、ラミナリヤ(子宮頸管拡張具)の挿入、プロスタルモンE(陣痛誘発剤)の内服、マイリス(頸管熟化剤)2アンプル、プロスタグランディンF2α(陣痛促進剤)やオキシトシンの点滴静注を受け、分娩を誘導された。しかし、花子の分娩は進行せず、かえって発熱を来したため、産婦人科では経膣分娩を断念することとし、翌十三日、前期破水や発熱があったことなども考慮して、腹式帝王切開術が施行され、第一子を出産した。

(三)  その後、花子は、さらに妊娠したが、昭和五九年一一月六日に人工流産の措置を受けた。その際に、森田が、右手術に立会ったが、同人は花子の残存する胎盤の存否を確認し、さらに、前回帝王切開部の瘢痕を頸管拡張器で探ったところ、それらしきものは発見することができなかった。

(四)  また、花子は、昭和六〇年三月一七日、産婦人科において、避妊リングの挿入を受け、同六一年九月一一日、右リングを交換し、同年一二月一一日、リングを除去している。

2  本件分娩の経過

(一)  花子は、昭和六二年二月五日(以下の月日は、すべて昭和六二年である。)、神経内科を受診し、尿検査の結果、妊娠反応が出たことから、二月一三日、産婦人科を受診し、妊娠二か月であるとの診断を受けた。

花子は、二月二七日、産婦人科を受診し、主治医である森田から、妊娠八週五日と診断された。さらに、花子は、三月一三日に同科で検診を受けたところ、内診では、膀胱、後部の子宮下部の硬結、圧痛、癒着などは認められず、超音波断層撮影法による検査(UST検査)の結果、子宮壁の状態、膀胱、胎児に、いずれも異常は認められず、母児ともに、経過は順調であると診断された。

(二)  花子は、四月三日、森田の検診において、風疹、ワッセルマン反応(梅毒の検査)、トキソテスト(原虫保有テスト)、HB検査(B型肝炎テスト)、一般検血検査等を受けたが、いずれも異常は認められず、分娩予定日が一〇月五日であることを告げられた。

花子は、五月九日、六月六日、七月四日、八月一日にそれぞれ、産婦人科において受診したが、いずれも異常は認められず、経過は順調であった。なお、六月六日には、篠原和英医師が、花子に対し、UST検査を実施したところ、胎盤附着部位が子宮底の左側壁であると確認されたことから、異常はないと診断されている。

また、八月一四日、胎児は0児であるとの診断がなされた。

さらに、花子は、八月二九日、妊婦検査のほか、貧血、ATLA抗体(成人T細胞白血病のキャリアの判定のための検査)の検査を受けたが、いずれも異常は認められなかった。

(三)  花子は、九月一九日、受診したところ、妊娠三七週五日で、児頭は既に固定し、ザイツ法では胎児の頭が骨盤を通過するのに恥骨が障害とならないものと判定され、UST検査の結果では、前回帝王切開部位の瘢痕は、線状を呈して癒合良好と判断され、子宮下部の前回帝王切開部位に自発痛、圧通はなく、胎児の推定体重は、三一一四グラムの正常範囲であり、胎児の児頭の大横径(胎児の頭の左右方向で一番長いところの長さ)が8.75センチメートルで、産道の通過が可能であったことから、森田は、花子が、前回帝王切開妊婦ではあるが、今回の分娩は、経膣分娩が可能であると診断し、これを行うことにした。なお、森田は、花子から、分娩方法についての意見を聞いておらず、また、経膣分娩を行った場合の子宮破裂のリスクについては、花子に無用な不安を与えないため説明しなかった。

(四)  花子は、九月二六日、一〇月三日に、それぞれ産婦人科において受診したあと、一〇月六日、分娩予定日を一日経過した時点で、森田の診察を受けたが、胎盤機能の指標である尿中エストリオール値が低く、子宮口は開大せず、胎頭は坐骨棘間線よりも五センチメートル上部に位置しており(ステーションマイナス五)、子宮膣部の展退度も不良で、胎盤機能不全症が疑われた。

そこで、花子は、さらに、精密検査を行い、あるいは異常に対処することを目的として、即日、入院となった(なお、入院後、直ちに、エストリオール値を測定し、分娩監視装置を用いて、三〇分間観察したが、花子に異常は認められなかった。)。

(五)  花子は、一〇月七日から一〇日にかけても、特に状態に変化はなく、陣痛発来の兆候がなかったことから、森田医師の指示で、一〇月一〇日、一一日に外泊をして、一二日から再び入院を継続した。

(六)  花子は、一〇月一三日午前六時ころから、腹部緊満感、下腹の突っ張り感及び疼痛並びに鼠径部痛を訴えた。

(七)  一〇月一四日(以下の時刻は、一〇月一四日である。)午前〇時ころ、花子が破水感を訴えたため、小林助産婦がBTB試験(鋭敏なリトマス試験紙による試験)を実施したところ、羊水であることが判明し、自然破水したことが確認された。なお、羊水に混濁はなく、児心音は良好であった。その後、午前〇時二〇分ころ、産徴があったため、分娩室に移動し、第一分娩台上で分娩監視装置を装着した。

午前〇時五〇分ころ、小林助産婦は、電話による森田の指示により、花子に対し、破水による感染を防止するために抗生剤(フォーチミシン二〇〇ミリグラム)を筋肉注射の方法により投与した。その後、急患があり、花子は、午前三時ころ、分娩監視装置を外していったん病室に戻った。

(八)  森田は、午前七時五〇分に出勤し、当直であった吉野助産婦から花子の右経過の説明を受けたが、分娩開始から、八時間以上経過しているため危険だと考え、花子を分娩室に移し、分娩の誘導(促進)のためフジメトロの挿入の準備をするよう吉野助産婦に指示したので、同助産婦は、午前八時ころ、花子を分娩室に移動させたうえ、午前九時六分、分娩監視装置を装着した。

(九)  森田は、午前九時二〇分ころ、当日はじめて花子を診察したが、子宮口は一指から1.5指開大している程度で、羊水の流出があり、子宮膣部は展退不良(三〇パーセント)で、ステーションマイナス一であった。しかし、前回帝王切開部位の圧痛、離開はなく、森田は、経膣分娩は可能と判断し、そのころ、花子に対し、森田の指示を受けた助産婦によって、オキシトシン五単位を加えたフルクトラクト輸液の点滴が、毎分一二滴で開始された。なお、森田ないしは吉野助産婦は、花子に対して、オキシトシンの使用については何ら説明をしなかった。

その後、森田は、他の患者の手術に赴いたが、午前九時五二分に、オキシトシンが、毎分二〇滴に増量されたところ、花子は、むかつき感を訴えた。

(一〇)  右手術を終えた森田は、午前一一時四〇分に花子を診察したところ、子宮頸部は一〇〇パーセント展退していたが、口唇が硬く、内診で子宮口は三センチメートル開大し、ステーションは〇の位置で、子宮膣部は展退しているが硬く、子宮頸管の拡張が不十分であると診断したため、フジメトロ(子宮頸管拡張具)一〇〇ミリリットルの挿入した。森田は、午前一一時五〇分ころまで経過観察したものの、その後他の患者の手術のため再び分娩室を退出した。

(一一)  森田は、午後一時四五分、花子を診察したところ、子宮口が五センチメートル開大し、フジメトロが自然抜去(自然脱出)していたため、オキシトシンの点滴量を毎分三〇滴に増量した。

(一二)  森田が、午後五時三〇分ころ、分娩室で、花子の状態を観察したところ、子宮口の開大は五センチメートルのままであった。なお、このころから、花子に、一過性の徐脈が現われている。

(一三)  その後、篠原が森田に対し、診察の交代を申し出たので、森田は、花子の経過観察を篠原に委ねて帰宅したが、その際、花子の分娩の進行経過、前回帝王切開妊婦であることなどの説明や引継ぎはなかった。

篠原は、午後六時三〇分ころからと同七時ころに、花子の診察を行った結果、子宮口開大は五センチメートル、ステーションは〇からマイナス一、頸管の展退は八〇から一〇〇パーセントであったことから、分娩が遷延傾向にあると考え、骨盤・児頭不適合(CPD)の有無を確認するために、X線骨盤計測を行う必要があると判断した。そこで、篠原は、分娩監視装置及び臨床症状により、子宮破裂の切迫症状が出現していないことを確認し、午後七時三〇分、点滴をオキシトシンが混入されていないフルクトラクト輸液に切替えたうえ、レントゲン室に移動させて、X線撮影をすることを宮野助産婦に指示した。

右指示を受けた宮野は、トラウベにより児心音を確認したうえ、花子を分娩室からレントゲン室に移し、午後七時三〇分、右撮影を施行した。

(一四)  篠原は、午後七時五五分ころに、宮野助産婦から受け取ったレントゲン写真により、CPDではないと判断したため、真結合線の測定の準備を開始しようとしたとき、宮野から、花子に外出血と下腹部痛が認められ、児心音の聴取が不能であるとの連絡を受けたため、分娩室に駆け付けた。

篠原は、花子に、UST検査を実施したところ、子宮内に凝血塊のようなものの存在を確認し、児心音の聴取が不可能であったため、常位胎盤早期剥離の疑いがあると診断したうえで、緊急帝王切開術が必要と判断した。

他方、宮野の連絡を受けて駆け付けた森田は、午後八時三〇分から、ショック状態に近い花子に対し、腹式帝王切開手術を緊急措置として施行したところ、前回帝王切開の傷痕に沿って、子宮が離解しており、子宮内には血液と羊水がたまっており、これを吸引して子宮内を調べたところ、前回帝王切開部位に一致した形で子宮が完全に破裂を起こしていた。そして、胎盤は、子宮の内側から破裂口を塞ぐように位置しており、胎児は、子宮の体部の方にとどまっていた。

そこで、まず、胎盤を除去して胎児を取り出したところ、生存の徴候はなく、既に死亡していたものの、小児科医において、蘇生術を施行したが、結局、午後八時三四分、児の死産を確認した。

三  オキシトシンと過強陣痛

1  甲三、六、一〇、一七、二一、二二の二、二六、二八、三一ないし三三、三九、四三、四九、五〇、五一、乙七、一二、一九、三七ないし三九、四一の二、四三の二、三、四四の二、三、鑑定の結果によれば、次の事実を認めることができる。

前回帝王切開経験妊婦に対し、経膣分娩を試みることについては、昭和六二年当時、専門家の間でも、その適否について論争があり、また、右妊婦に対し、経膣分娩を行う際に、オキシトシンなどの陣痛促進剤を使用することも、絶対的禁忌ではなかった。

2  しかしながら、子宮収縮剤の代表的薬剤であるオキシトシンは、もともと下垂体後葉ホルモンのひとつであるところ、これが合成され、陣痛誘発、陣痛促進のために利用されているが、その濫用により、過強陣痛やこれによる子宮破裂という副作用が生じる例が少なくないことから、これを使用する場合には、その使用の要約と適応を遵守し、分娩経過を十分に監視して、薬剤の過量投与には細心の注意を払うべきであり、具体的には、初回投与量、維持量、至適投与時期の決定並びに副作用の発現などに慎重に対処することが必要である。そして、前回帝王切開妊婦にオキシトシンを投与する場合には、前回帝王切開創の瘢痕部の離解による子宮破裂のリスクがその使用により高まることが否定できないことから、これを使用する場合には、より一層、使用の要約と適応を遵守し、分娩の経過を十分に監視して、薬剤の過量投与には細心の注意を払うべきである。

3  ところで、オキシトシンを点滴静注法によって投与する場合、留意すべき点としては、まず、投与中は医師が産婦の子宮収縮状態や、胎児の心音など、母児の状態を観察する必要があり、そのためには分娩監視装置を使用すべきである。また、その注入を開始した初期に、過強陣痛が出現することがありうることから、注入開始から安定した子宮収縮が発来するまで、少なくとも三〇分程度は、分娩監視装置により、子宮収縮の状態を、より一層注意深く観察する必要がある。

そして、使用要約としては、まず、オキシトシンの注入開始濃度(速度)は、できるだけ少量から、すなわち、毎分数滴から開始すべきであり、注入濃度(速度)をあげる場合においても、一五から三〇分ごとに二ないし五滴の範囲で増量するが、これも四〇分以上経過を見たうえで有効な陣痛が発来しないと診断したときに行うべきである。また、至滴濃度は、毎分一〇ないし三〇滴程度であり、安全限界は、毎分四〇滴程度である。なお、効果の半減期は五から一〇分である。

4  しかしながら、もともとオキシトシンの感受性は分娩準備状態では高いはずであり、注入時間が八ないし一〇時間を超えるようなときは、母体の疲労が激しいだけで、投与濃度(速度)をあげても子宮収縮力は強くならないことから、右のような長時間が経過しても分娩に至らない場合や投与量を毎分三〇滴ないし四〇滴にあげても有効な陣痛が得られずに分娩の進行が認められない場合には、その投与は無効である。

そして、オキシトシンの副作用としては、代表的なものとして、過強陣痛が挙げられており、これにより、子宮破裂をもたらすことがある。

なお、前回帝王切開妊婦にあっては、子宮破裂の原因としては前回帝王切開部からの瘢痕破裂が多く、この場合には、その前駆症状を欠く無症状破裂(サイレントラプチャー)がほとんどである。

5  過強陣痛とは、陣痛発作が異常に強く、その周期の短い場合で、その持続が異常に長い場合をいうところ、日本産科婦人科学会によると、子宮口開大度四ないし六センチメートルの場合は、子宮内圧七〇ミリメートル水銀柱以上、又は陣痛周期一分三〇秒以内、陣痛持続時間二分以上を過強陣痛と定義している。

花子においては、午前九時五〇分から午後三時一〇分までの間において、陣痛周期が一分三〇秒以内の場合が、午前九時五九分、一〇時八分、一〇時一二分、一〇時一六分、一〇時一七分、一〇時二二分ないし二六分、一〇時四一分ないし四三分、一一時一〇分ないし一一分、一一時四二分ないし四四分、一一時四七分ないし四八分、一二時四一分ないし四二分、一二時四五分ないし四六分、午後一時九分ないし一〇分、一時一五分ないし一六分、一時四六分ないし四七分、一時五六分ないし五七分、二時三八分ないし四三分、三時九分ないし一〇分までに見受けられる。

右によれば、花子においては、子宮口の開大の四センチメートルとなったと思われる昼ころには、陣痛周期だけを捉えれば、過強陣痛の要件を満たすまでになっていると認めうる(鑑定の結果は、午前九時五九分以後、花子に過強陣痛が出現したとしている。)。

四  被告の責任

1 花子の診療経過によれば、花子は、帝王切開を経験しているいわゆるハイリスク妊婦であったところ、午前九時一〇分にオキシトシンの投与が、使用要約を超える毎分一二滴の濃度で開始され(なお、森田は、毎分二〇滴の濃度で投与するよう指示している。)、さらに、九時五二分ころには助産婦によって使用要約を超える毎分二〇滴に、これが増量されるや、断続的に短い周期の陣痛が頻発しているのに、遅くとも午後一時四五分には、これが、毎分三〇滴に増量され、子宮口が五センチメートルに開大したまま、午後七時三〇分までの間、投与が継続され、その後間もなく子宮破裂が発生しているというのである。

右の事実からすると、花子については、オキシトシンの過量ともいうべき継続的な投与の結果、過強陣痛ともいうべき状態が出現し、いったんこれが収まったものの、オキシトシンの副作用により子宮破裂が生じたと認めるのが相当である。

2 そして、前認定の事実によれば、森田は、前回帝王切開妊婦である花子に対し、オキシトシンを投与するにあたって、投与量を確認し、分娩監視装置によって母児の状態等を十分に観察したうえ、過強陣痛などの異常の出現に対して細心の注意を払い、もし、異常が出現した場合には、オキシトシンの投与を中止し、あるいは、さらにすすんで、子宮破裂を考慮して試験分娩から帝王切開に移行するなどの適切な措置をとる義務があったというべきである。

3 しかるに、森田は、右の義務を怠り、他の患者の手術に時間を割かれ、花子の状態を十分に監視することなく、遅くとも、毎分三〇滴にオキシトシンの投与が増量されながら、その効果がないことが判明した午後三時ころには、オキシトシンの投与を中止して、場合によっては経膣分娩から帝王切開への切り替えを行うべきであり、そうすれば、胎児の救命が可能であったのに、その後も、漫然とオキシトシンの投与を継続し、花子を子宮破裂に至らせたものであり、森田の使用者である被告は、これにより、原告らに生じた損害について、債務不履行又は不法行為による損害賠償義務に基づき、これを賠償するべきである。

五  亡Aの死産

なお、原告らは、亡Aは、出生後死亡したものであると主張し、甲二を提出している。確かに、甲二には、宮野助産婦により、亡Aが出生した記載がなされているが、分娩前に子宮が破裂した場合は、胎児はほとんどが死産であることに鑑み(甲三、四九)、右事実は、亡Aが死産であったという前認定を左右するものではない。

六  損害

1  逸失利益

右のとおり、亡Aは死産であるから、亡Aには逸失利益は存在しないというべきである。

2  原告らの慰謝料

原告らは、亡Aの死産であったことにより、精神的苦痛を受けたものであり、これを慰藉するに足りる額は、各自、一〇〇〇万円が相当である。

3  弁護士費用

弁護士費用としては、認容額に照らし、二〇〇万円(各自一〇〇万円)が、相当である。

八  結語

以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、理由があるからこれを認容し(付帯請求については不法行為の主張を容れて不法行為の日から起算する。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菊池徹 裁判官金光健二 裁判官吉岡真一)

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